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当然の結果
バンクーバーオリンピックの出場権を掛けて、アイスホッケーの日本代表が予選に挑んでいます。
日本を含めて4カ国が総当たりで戦い、1位の国だけがオリンピックへ出場出来ます。
その大事な初戦、ドイツ戦が行われ、1−7で惨敗しました。
マホンヘッドコーチの言葉に全てが言い表されています。
「日本国内でプレーしている時よりプレーと判断力の早さが40%も高い相手に対してチームプレーが出来なかった。」
ただでさえ競技人口の少ない競技で、生い立ちを辿ればみんな幼馴染みたいな狭い世界のリーグでトップになることで満足し、普段から「世界」を意識したプレー、日常生活をして来なかった報いです。
というか、普段のプレーぶりから察するに、田舎リーグ制覇こそが最大目標で、選手達もそこまでオリンピックにはこだわって無いんでしょうけどね。
こちらも一つの時代が終わった
15・6年前、彗星の様に現れ、当時の格闘技界にまさにパラダイムシフトを及ぼしたグレイシー柔術の創始者、エリオグレイシーさんが95歳でお亡くなりになりました。
当時は、K−1が、
「K−1のKは、キックボクシング、カラテ、カンフーの頭文字であり、ルールを越えた格闘技(これも頭文字がK)のNO1を決める」という触れ込みで始まったことからも分かる通り、一部シューティング(今の修斗)や、大道塾では取りいれられていたものの、寝技と言うものはほとんど見向きもされていませんでした。
(その後K−1は「立ち技格闘技No1を決める」に変わって行きました)
そんな中、アルティメットファイティング(UFC)でホイスグレーシーが、当時大道塾のエースであった市川選手に対し、全く立ち技をさせずにタックルで倒し、そのまま押さえ込み→送り襟締めと、自身も打撃をほとんど使うことなく完勝してしまったのです。
(当時のグレイシーの打撃はあくまでも絞めに持って行く為の呼び水としか使いませんでした)
その翌年には、ホイスのお兄さん、ヒクソングレーシーがバリトゥードジャパンに出場し、同じく当時大道塾の西選手などに完勝し優勝しました。
ヒクソン選手はその並外れたバランス感覚で、相手の腹の上に馬乗りで座ってパンチを振り落とすいわゆるマウントパンチで相手を嫌がらせ、嫌がった相手が堪らずうつ伏せになった所を裸締め(チョークスリーパー)で極めるという、対戦相手の自尊心までもへし折る必勝パターンは当時背筋が凍る思いをしたものです。
それを契機に一挙に寝技の研究が進み、今日の総合格闘技に至った訳です。
それくらい、グレーシー柔術の残した功績は大きいのです。
95歳、大往生ですね。
安らかにおやすみ下さい。
追伸
生前エリオさんがテレビなどで稽古をされている姿を見るたびに、一度で良いからエリオさんと同じ位の年代の私の師である平田鼎とエリオさんとの乱取り、「世界一強い爺さん決定戦」を見てみたかったなあと思ったものです(笑)。
マニア必見の至高の技術戦になるんでしょうね。
死刑制度
まもなく裁判員制度が始まりますと、いよいよ国民全員が死刑について目をそらせなくなります。
賛成論者の主な論点は、
・死刑による犯罪抑止効果
・遺族の報復感情
一方、反対側の主な論点は、
・冤罪の危険性
・何人も、特に国家が人の命を奪う権利はない
と言うものです。
私は、白か黒かと言われれば賛成論者でしょう。
冤罪については死刑制度の問題ではなく捜査制度や裁判制度の問題であり論外だと思っています。
ただ、命を奪う権利があるか否かについては、宗教観的な問題であると思っている一方で、「なるほど」と思うところもあります。でも、割り切れない気持ち。
そんな時、ふっと思ったのです。
少なくとも私が、世の中の殺人犯に対して怒りを感じるのは、人を殺めたという行為そのものもそうなのですが、それよりもむしろ、自分(犯人)は人の命を奪っておきながら、自分自身は死ぬ事を拒むという、その身勝手さ、無責任さなのではないかと。
「人生を掛けて償います。でも死ぬのはイヤです。」
これには、本当の反省を感じられないからのだと。
「全てを受け入れる覚悟を持てないような中途半端な気持ちで、人の命を奪ったのか?」そういう、犯人の思慮の浅さに怒りがこみ上げてくるのではないでしょうか。
最近の雇用問題で思うこと
「派遣切り」、「内定切り」と雇用をめぐっての問題が出てきています。
でも、この2つの問題、似ていますが私は性格の違う問題だと思っています。
派遣の問題については、突き詰めてしまえば「自己責任」に落ち着いてしまうのではないでしょうか。
もちろん、この年の瀬に年内に寮を出て行けというのは、さすがにどうかとは思いますが、派遣や契約社員というのは、基本的には傭兵的な存在で浮草稼業です。
下で述べます内定切りにも関係しますが、企業側としては、
派遣さんについては、どうしても「アウトソーシング」としてとらているでしょう。
調整弁と言うと言葉が良くないですが、需要の変動に対応する為の手段が派遣さんですから。。。
ただ、企業側に自由度がある反面、労働者側も自由があります。
ちょっと前までは、そんな「ライフスタイル」を持て囃していたではないですか。
正社員の就職口が無いとの声もありますが、今の時代でも人材の集まらない中小企業は沢山あります。
報道によれば、何年も派遣での生活を続けていた方も居ると聞きます。
もっと、早く「自分で」手を打つべきだったと思います。
その反面、「内定切り」については、経営者として非常に恥じるべき行動です。
経営者の最大の仕事は、わが社の社員の生活を守る事です。
古臭い考えかも知れませんが、社員は家族同然です。
内定者は確かにまだ入社はしていませんが、したも同然です。
そんな彼らを切るような会社は、絶対既存の社員にも躊躇無く手を付けるでしょう。
そして、社員を大切に出来ないような会社は、お客様にもどうような態度を取るでしょう。
これこそプロの仕事
先週、機会があり浅草にありますすき焼きの名店「ちんや」さんですき焼きを食べて来ました。
ちんやさんというのは、今半さんなんかと同様、すき焼きの老舗として有名です。
そこで、以前書かせて頂いた「吉兆」さんと真反対のマーケティングに出会う事が出来ました。
吉兆さんの記事につきましては↓を参照して頂きたいのですが、
吉兆さんの記事
それは、すき焼き屋さんの命とも言うべき「お肉」についてのこだわりです。
吉兆さん記事を書かせて頂いたとき、「なぜブランド肉にこだわったのか」と疑問を投げかけました。
ざっとお話しますと、有名店の価値の一つはその目利きであり、ブランド肉はそれ自体に品質の担保がなされている訳ですので目利きなど必要なく、お店の存在意義が無くなってしまうというものです。
ところが、ちんやさんは違いました。
「今週の特選牛」以外は、霜降りや赤身など3種類に別けてはいますが、その産地などは明示されておりません。お店がその時美味しいお肉を目利きして仕入れてくるのです。
さらに、3つに分類したお肉も、値段の違いはありますが、「上下」の関係ではなく、「ご飯と一緒に召し上がる方は霜降りよりむしろ赤身をお薦めします」と「好み違い」の関係なのです。
私は、赤身を食べたのですが、すき焼きの甘い割り下につけても、肉の味がしっかりしていて思わずうなってしまいました。
「売れるモノ」ではなく「売れてるモノ」をメーカーの言いなりに右から左へ流すだけの流通業者さんが多くなった今、久しぶりに本当のプロの仕事を拝見した気がしました。
ちんやさんHP




